大震災の日に
      2015 / 01 / 18 ( Sun )
      昨夜、モフ男にベッドを譲り、
      (あまりに心地よさげにスヤスヤ寝ていたため結局起こせず・・・・)
      トイプー兄弟用に設置した特設ベッドに横たわってみますと、
      なかなか快適。

      で、朝目覚めると。

      首を軽く寝違えておりました。


      やっぱりベッドは空け渡してもらおう。

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      てかキミ、自分のベッドがあるじゃないの!






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      もう1年近く前になりましょうか。

      お預かり中のシニア犬(中型犬)2頭を連れて狭い通りを
      ゆっくり歩いていた時のこと。


      「ナンデどかないかなぁ。

       ここは、人間優先の国だ!」



      すれ違いざま大きな声で言われ、驚いて声の主を振り返りました。

      私たちを避けるように、反対側にあるお店の壁づたいに歩く
      男性に気づきました。

      一瞬、(なにもそんな言い方せんでも・・・)とムムッとしましたが、
      ほぼ全身肌を覆った服装を見てハッとしました。

      (犬が心底苦手でいらしたのだ・・・。

       重度の犬アレルギーをお持ちなのかも・・・。)

      私が前方にもっと注意を払っていたら、
      早い段階で男性に気づけたはず。

      リードをもっと短くたぐりよせ、
      ちょいとの間、端によって止まってあげられたなら
      その方もそこまでの恐怖と不快な思いをせずに済んだのです。

      男性の目には、私は我が物顔で道を占領する
      無神経で忌々しい犬飼いに映ったことでしょう。

      申し訳ない気持ちになりました。
      何ら咎のない犬たちに対しても。



      「ここは人間優先の国」

      この言葉が、しばらく脳内でリフレインしていました。


      そしてふと、数年前にきいた、あるお話を思い出しました。



      東日本大震災の翌年に開催された日本臨床獣医学フォーラム
      だったかと記憶しています。

      津波の被害に遭った地域で活動されている獣医師が
      被災された飼い主さんに行った聞き取り調査の発表でした。

      その中で、愛犬を津波で亡くした飼い主さんのお話が紹介されました。

      津波が来る前に愛犬1頭を連れて、高い建物に避難したそうです。
      犬連れの女性を見て、避難しに集まった人々から非難の声があがりました。


      「人命優先だ!
       犬を階下に連れていくか、
       あんたも犬と一緒に下に留まるかどちらかにしてくれ。
       ここは人が避難する場所だ。犬の場所はない。」


      女性も食い下がったようですが、最終的には泣く泣く愛犬を階下に連れて
      いったそうです。

      そして津波襲来。

      津波が引いた後、階下で変わり果てた愛犬と対面した女性は、
      愛犬を見殺しにした自分をどうしても許すことができず、
      後悔の日々を送っておられるとのお話でした。


      (もし自分だったらどうしただろう・・

      一体何ができただろう・・・)


      私を含め、その会場にいたほとんどの人が、
      自分の身に置き換え、自問自答していたと思います。



      「人間優先」
      「人命優先」


      平時であれば、この言葉を投げかけられる機会は
      そうそうないことでしょう。

      でも有事の際 ― とりわけ人間の命が危険に晒される
      緊迫した状況下では、時に無慈悲と映る言葉を投げつけられることを
      心しておくべきなのだ、と思いました。
      良し悪し、感情云々とは切り離し、現実に起こりうることとして
      まず受け止める。

      ある意味、そこが非常時の対策を考える上での
      スタートラインだったりして・・・・。



      ある年の東京都の動物取扱責任者講習会のテーマは
      「大規模災害に備える」でした。

      「非常時だからこそ、『誠意ある対応』『思いやり・配慮』
      『地域への貢献』を心掛けましょう。
      それが信頼につながります」と結ばれていました。


      でも・・・。

      平和で気持ちに余裕のある平時にあっても実践できないことを
      逼迫した非常時に行えるものでしょうか、
      実践し続けていけるものでしょうか??

      今でさえ、ノーリードや糞尿放置他、周囲への配慮に欠ける行為が
      後を絶たない状況なのに?



      非常時下でも、家族だけで動物たちを守りきることができる
      ケースもあるでしょう。

      でもそうではない場合は、周囲の理解と助けが不可欠となります。
      その時、功を奏すのは、私たちがそれまでの生活の中で
      地道に続けてきた、隣人に対する配慮、思いやり、努力ではないでしょうか。

      まさに「配慮は人の為ならず。」




      ペットの同行避難を前提とした法整備がなされるなど、
      時代の流れは、確実に変わりつつあります。

      でも、命の危険にさらされ、エゴとエゴが激しくぶつかり合う
      究極の状況下で、動物たちを救うのは法律でも何でもなく・・・。


      「共生」

      その対象から、いかなる時も動物たちが除外されないために
      私たち家族が努力すべきは、日々の生活の中にこそ存在する。

      どんな時も、見ている人は見ている、見てくれている。

      そんなことを、大震災から20年目にあたる日につらつら思った次第です。

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