How I miss my beloved dog.
      2014 / 07 / 25 ( Fri )
      折に触れて、何度も読んでしまうエッセイがあります。

      その一つが、イギリス労働党の重鎮ロイ・ハタズリー卿が2010年、
      デイリー・メール紙に寄稿したコラム
      「How I miss my beloved dog Buster (バスターが恋しい)」。
      15年の生涯を閉じた、愛犬バスターへの溢れる思いが綴られています。

      こちらのエッセイのほぼ全文を、在英の翻訳家ノーマン・テイラー邦子さんが、
      素晴らしい日本語に翻訳してご自身のサイトでご紹介くださっています。
      (ちなみにノーマン・テイラー邦子さんのサイトは必見です!)

      今日は、みなさんとこのエッセイをシェアしたいと思います。




      犬が死ぬということはおそらく日常のささいなことであろうに、
      私はその大きな喪失感に耐えられず、身の置き場がなくなってしまう。

      私の元へ全速力で駆けてくるときの首輪のタグのちりんちりんという音。
      風呂に入れた後の濡れた犬の匂い。
      30秒で食べる朝ごはんのボウルのかちゃかちゃいう音。
      私のシャワーが少し長くなったとき、突然ぬっと入ってくる姿。
      タオルをとろうと手をのばし、
      思いがけず彼の顔に水滴がかかった時の恨みがましい顔。
      雨そぶるピーク・ディストリクトへ彼に催促され出かけた時のひどい寒さ。
      彼のいびきで夜中に眼が覚めたり、
      出かける時のハーネスの装着が複雑で面倒くさかったこと!

      しかし叶うことなら私はまたもとのあの不便な生活に戻りたくてしょうがない。

      ロンドンからダービーシャーに戻る車の中で眠っていたはずなのに
      なじみの村の角っこを曲がると突然起きて歓喜の声をあげる。
      家に戻って一部屋一部屋臭いをかいだあと、
      階段の踊り場で窓の外で行く人々を眺める。

      バスターと階段に座ってよくやるゲームがあった。
      ビスケットを一方の手に隠し、バスターの前に差し出す。
      バスターは手でそっと入っているほうの私の手を叩くのである。
      それはそれは優しい叩き方であった。
      ゲームはいつもバスターの勝利に終わるのであった。
      こんな小さな思い出がとても辛く胸を刺す。

      誰にとっても自分の犬は特別である。
      なので私は書かずにはいられないことだけ書留めよう。

      ラップ・トップのコードにからまるバスターを見ない朝はなかった。
      暖炉の薪の匂いをひとつひとつチェックしていくバスターの
      手伝いなしでは冬が始まらなかった。
      玄関にスーツ・ケースを見つけると、その間に座りこんだ。
      まるでまだらのスーツ・ケースがひとつ加わったように。
      もちろん、彼も一緒に行くつもりであることを明確に知らせるためである。

      客がバスターの席(だと彼がみなしている席)に座ると、
      客の横に体をぴったり密着させ座っていた。
      猫やウサギや家畜とはうまくいかなかったが、人間は大好きであった。
      私の本の出版のときは読者のおばあちゃんが
      おやつをもってきてくれるのを楽しみにしていた。
      決してノーと言ったことはなかった。
      講演のときは拍手のときだけ一緒に吠える。

      この10週間私は考え続けていた。私が彼の奴隷だったことはさておき、
      私と彼をつないでいたものは何であったのだろう。

      私は彼が自分の心の支えであることを楽しんでいた。
      そして彼も私のことを心の支えだとみじんも疑っていなかった
      その気持ちを賞賛する。

      彼は「希望」を放射していたのだ。

      毎朝食料ドアを開けると後ろに必ずバスターが立っていた。
      何かもらえると期待して。

      バスターのことを先天的楽天家と呼んでいたが、
      彼のことを毛皮を着た人間だという風にみなしたことはなかった。
      彼は犬である。

      人間のテーブルで物を与えたことはない。
      犬専用のベッドで寝かせた。
      犬として扱うことが彼に対する敬意である。
      バスターが犬であってくれることで十分である。
      それ以上彼に望むことはない。

      15年間彼の成長を見てきた。
      賢くなるのを見てきた。
      年老いていくのを見てきた。
      獣医は彼は天寿を全うするだろうと予測した。
      これ以上疲れて続けられなくなったときが逝くときだと。

      「そのときは、彼はあなたに教えるよ。」と獣医は言った。

      そしてその通りになった。

      短くなった毎朝の散歩でさえもきつそうだった。
      朝ごはんもゆっくり食べると決めてしまったようだ。
      そして一旦横になるともう起き上がるつもりはなかった。

      最後の決断はバスターにとって一番良い方法に
      基づくものでなければならないが、
      私の安楽死の選択をひきのばしたいという気持ちとの戦いであった。

      ある朝、私は一瞬の苦悶のときを過ごした後、獣医に電話をかけた。
      獣医はすぐやってきた。

      バスターはブルーチーズのかけらを食べながら死んだ。
      普段は食べることを許されなかった、錠剤を包むときだけ
      口に入れられた大好物だったブルーチーズ。

      私の悲しみだけが特別だというつもりはない。
      どれだけ多くの家族が落胆と絶望に陥っているだろうか。

      ただ事実をここに述べさせて欲しい。

      人生の中でバスターが逝ってしまったことほど痛みを感じたことはなかった。

      そして人前で我も忘れて泣いて取り乱したこともなかった。

      一階の私の仕事部屋の窓から人々が日々の生活を送っているのをながめているとき、
      驚きとともに怒りを覚える。
      なぜそうやって普通どおりの生活を送っているように振舞っているんだ。
      時計を止めろ。
      バスターが死んだんだぞ。

      犬を過小評価するなかれ。彼は永遠に続く財産を残してくれた。
      彼が与えてくれた喜びの思い出である。

      バスターにお手やおすわり、ごろり、握手、死んだまねなど
      教えるつもりはなかったし、
      彼も新聞をくわえてもってくるようなまねもしなかった。

      しかし、彼は―たいしたことではなかったのかもしれないが、
      私の人生を変えた。

      バスターは私の人生は犬なしでは考えられないことを教えてくれた。

      またレスキューセンターへ行って雑種の犬を家に連れてかえることは
      バスターへの裏切りのような気になった時期もあったが、
      10週間後また私は探し始めた。
      新しい犬はバスターの代わりではない。
      誰もバスターの代わりにはなれない。
      彼の後継者はまったく別の犬である。

      ただしその犬はバスターが輝きをもって示してくれた
      「犬を所有することの至上の喜び」を再び証明してくれるであろう

      執筆者:ロイ・ハタズリー(翻訳:ノーマン・テイラー邦子)
      2010年1月11日付メールオンライン


      原文:How I miss my beloved dog Buster


       Hattersley and Buster1



       Hattersley and Buster
      The Lord Hattersley and his dog Buster.






      最後にハタズリー卿のエッセイから、次の一文をスペックに捧げます。


       She left a permanent legacy.
       Do not underestimate what a dog can do.

      blog-11-2.jpg

       本当に、

       ちょっといないくらい良い犬でした。

       18年間、本当によく生きました。

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