How dare you!
      2014 / 07 / 20 ( Sun )
      人間、生きていれば誰しも自分の至らなさにやりきれず
      涙することもあります。


      私は今日がそうでした。



      今朝、お客様のワンちゃんとのお散歩中、偶然知り合いの獣医さんと
      ばったりお会いしました。
      かつて愛馬がお世話になった先生で、小動物の獣医師に
      おなりになった後も、お住まいがお近くということもあり、
      何度かホテルに愛犬と一緒にお運びくださいました。


      はじめておいでくださったのは、私が最愛の犬を急性膵炎で
      突然亡くした数か月後でした。


      チリンと呼び鈴が鳴り、ドアを開けた私の目に飛び込んできたのは、
      先生と、その傍らにたたずむ穏やかで優しいまなざしの犬。

      サプライズな登場に驚き、そして感無量でした。

      私の愛犬よりずっと年長で、重い持病を抱えたシニア犬でありながら、
      先生の適切なケアでこうして元気に生きている。
      この子は生を全うすることができる。

      (もし、ベリーが先生の愛犬だったら、若くして命を落すことはなかった・・・)

      穏やかなその子の目を覗きこみ、
      身体を撫でながら、私はやるせない想いを噛みしめていました。


      後日、先生からお詫びのコメントをいただきました。
      ベリーが亡くなった一件を知っていながら、お悔みもお伝えせず
      すみませんでした、と。


      先生は、あの時「言わなかった」のではなく、「言えなかった」、
      私の顔、様子をご覧になって、かける言葉がみつからなかったのだ、
      私はそう悟りました。

      言葉になさらずとも、先生のお気持ちは伝わっていました。
      「たまたまお散歩がてら寄ってみました。」とおっしゃっていたけれど、
      本当はベリーの一件をお知りになって気にかけ、
      わざわざお運びくださったのだとわかりました。

      「気持ちに寄り添う」とは、そういうことを指すのだと思いました。





      ところが、今朝の私はどうだったろう。



      実は今、先生の愛してやまない四足の相棒は、死を迎えようとしています。

      手の施しようのない病気がみつかり、もう長くはない状態と伺っていました。

      そう遠くない将来、ご自身の手で送ってあげなければいけない日が来ることも。




      その1ヶ月後の今日、偶然出勤途中の先生にお目にかかったのです。

      先生の愛犬は、がんばって生きていました。
      でも、最も強いとされる鎮痛剤も効かなくなってきた、と。


      「2、3日の間に送ることになると思います。」


      私は何の言葉も持ちあわせていませんでした。

      「その時」がきたら、最愛の犬を自らの手で安楽に眠らせる。

      おそらく獣医師を目指された時から既に、先生はこの重く、辛い、けれど
      崇高な決断を胸に秘めておられたのではないかと思います。
      先生の言葉に、迷いは感じられませんでした。


      (なんて強い方なのだろう)

      ブレのない毅然とした態度に、自分との違いを改めて
      目の当たりにした思いでした。



      そして話の流れから、私は先生に慢性膵炎を患う、
      あるワンちゃんの相談をしました。
      私が、今とても状態を懸念している子です。


      私はこう口を滑らせていました。

      「ここ最近膵炎を再発するたび、鎮痛剤の効きが悪くなっている。
       結果、かなり強力な鎮痛剤を短時間内に追加接種&点滴。
       短期間内でこの繰り返しでは、薬漬けの状態に近く心が痛む」と。


      先生は、表情を変えず、
      親身に耳を傾け、貴重な情報をくださいました。


      先生とお別れした後になって、私はやっと自らの配慮に欠けた、
      残酷な言動に気づきました。
      まったくもってデリカシーの欠片もありませんでした。


      どれだけ先生が、毎日毎日、どうにか愛犬のQOLを
      これ以上落さないよう鎮痛剤の選定、投与量、投与間隔に
      心をくだいておられるか。

      日を追うごとに鎮痛剤が効かなくなり、
      強いものに変えざるをえない厳しい現実、

      これ以上ないほどの強い鎮痛剤を投与しても
      消えない痛みに鳴く愛犬を目にする辛さ。

      どんな時も傍にいて、さまざまな時間・体験を共有し、
      「在る」ことで支えとなり続けてくれた最良の友を
      見送る日が近い一人の飼い主、
      しかも自らの手でその友を眠らせることを決意している
      一人の人間を前に、私は一体、何を口走ったのだろう・・・・。



      自分を思いやり深い人間などと、思いあがったことはありません。

      が、これはあまりにもひどい、ひどすぎます。

      悔やんだところで、自分の発した言葉は消えません。

      たとえ他人が許してくれても、自分だけは許してはいけない。
      今回はまさにそれ・・・・。



              How dare you!
           How dare you!
           How dare you!




      自分に毒つかずにいられませんでした。


      他人の心の痛みに無頓着な人間は、この仕事はそぐわない、と
      常々思ってきました。

      まさに今朝の自分がそうです。

      情けなくて申し訳なくて、久しぶりに泣けてきました。





      最後に。

      先生の愛犬の最後の道のりが、愛情に包まれる中、どこにも何の痛みも感じず、
      穏やかで安らかなものとなりますように・・・。


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