訃報に接し
      2012 / 09 / 20 ( Thu )
      先日、見覚えのあるコリー君が緊急で里親募集されている記事を目にしました。
      確認しますと、やはり何度か面識のある子でした。


      はじめて会ったのは、まだ生後半年のパピー時代。
      その後、ショー会場やブリーダーさん主催の講習会などで、
      何度か見かけました。
      オーナーさんがとても可愛がっていらした様子を記憶しています。


      緊急募集の理由、それはオーナーさんの突然の他界でした。


      まだお若い方で、小さなお子さんもいらっしゃいました。
      本当に、言葉がありません・・・・。


      幸いコリー君は、縁あって優しいご家庭に引き取られたそうです。
      安堵する一方、まだお若いオーナーさんの突然の訃報に、身につまされる
      思いがいたしました。


      同時に、若くして亡くなったある知人のことを思い出しました。


      彼女は、一頭の高齢馬を自馬として大変可愛がっておられました。
      そのお馬さんとは10年以上の付き合いでしたが、馬の脚部故障のため、
      騎乗できない日も多かったようです。

      FH000017 (5)
      Uさん自慢の愛馬。 調馬索でリハビリ運動中。



      ある日、牧場に遊びにみえたお友達を、牧場主にこう紹介して
      いらっしゃいました。


      「万が一、私の身に何かあった時は、この人が代わりに馬の面倒を見て
       くれることになっています。」


      彼女は愛馬を所有した直後から、自分亡き後も馬が生きていけるよう
      愛馬名義で貯金をし、遺言状をしたためたというのです。


      私は驚きました。
      なぜって、彼女は当時の私とそう大きく離れていない年齢で、
      若く、健康的だったから。


      「まだそんな年ではないでしょうに、よくそこまで考えが及びますね。」


      感心よりも驚きが先行し、率直な感想を口にした私に、彼女は
      真剣な面持ちでこうおっしゃいました。


      「いいえ、人間誰しもいつ死が来てもおかしくないのよ。
       私の最大の不安はね、この馬を残して私が先に旅立つことなの。
       私亡き後も愛馬がしっかり寿命をまっとうできるように・・・ただその一念。」


      医療者として、ヒトの生死をつぶさに目の当りにしてきた彼女と、
      「明日は当然来るもの」とぼんやり捉えていた私とのなんたる危機感の違い・・・。


      それから1年も経たない間に、彼女の馬は寿命を全うしました。
      その後しばらくして、彼女自身にも深刻な病気が見つかり闘病生活を
      余儀なくされましたが、その中にあって、彼女が私にぽつりおっしゃいました。


      「正直に言うと、自分の病気を宣告された時よりも、
       愛馬が病気になった時の方がずっと辛かった。
       でも、順番が逆にならなくて、本当によかったと心底ホッとしている。」と。


      私を含め、ほとんどの飼い主は、伴侶動物の最期を看取る覚悟で
      迎え入れています。
      が、比較的若い年齢の方の訃報に接するたび、時として自分の予想より
      ずっと早く先立つ事態も十分ありえるのだということを、改めて認識させられます。

      遺言状の形式をとらずとも、普段から万一の際、愛犬(猫)を安心して
      託すことのできる相手の心当たりをつけておくことは、動物たちのためにも
      自分のためにも、とても大変なことなのだと痛感します。


      そう、決して他人事ではない。

      そのことを、伝えられた気が、するのです。



      Kさんとは、わずかに一、二度言葉を交わしたことがあった程度の
      おつきあいでしたが、どうしても頭から離れず、思い切ってこちらで
      取り上げさせていただきました。

      子煩悩で、ラフコリーファンシャーでいらしたKさんのご冥福を
      心よりお祈り申し上げます。
      main3.jpg
      ※ブリーダーさんのサイトから、Kさん自慢の愛犬のお写真を拝借しました。
      (冒頭に紹介した子ではありません)
       この子の他にも、素晴らしいコリー2頭が家族でした。





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