2017 / 01 / 23 ( Mon )
      今日、はじめて思い至ったこと。

      私が望めども望めども、愛犬の最期に立ち会うことが

      これまでただの一度も叶わない理由。

      それは、自分が業の深い人間だからだと、ずっと思ってきたのだけれど。

      ひょっとしたら、理由はそれではなく。

      死にゆく愛犬に、「もういいよ、十分だよ。楽になっていいよ。」と

      言葉をかけてあげることがどうしてもできない人間だからではないか・・・。

      最愛の犬の今際の際に、無私の愛と深い安堵感を与えるどころか、

      まだ逝ってくれるなと、すがり、懇願し、泣き叫ぶ、

      そんなエゴイスティックでみっともない飼い主だからだ。

      「もう、がんばれない」

      愛犬の目に、表情に浮かんだその色を、

      しっかり受け止めてあげることができず、

      目にしても受け入れることを拒絶し、

      逝くことを許容できない、なさけない飼い主だからだ。

      そのことを、犬たちは感じ取っていたのではないだろうか・・・。



      強く、ありたい。

      強く、あらねば。

      自分より先に逝くはずの命との暮らしをひとたび
      選択したからには・・・。


      FH010015(2).jpg
      21 : 42 : 57 | 未分類 | page top
      | ホーム |