若松英輔さんのコトバ
      2016 / 08 / 06 ( Sat )

      逝った大切な人を思うとき、人は悲しみを感じる。
      だがそれはしばしば、単なる悲嘆では終わらない。
      悲しみは別離に伴う現象ではなく、
      亡き者の訪れを告げる出来事だと感じることはないだろうか。

      愛しき者がそばにいる。
      どうしてそれを消し去る必要があるだろう。
      どうして乗り越える必要などあるだろう。
      (宮沢)賢治がそうだったように悲しみがあるから生きていられる。
      そう感じている人はいる。
      出会った意味を本当に味わうのは、
      その人とまみえることができなくなってからなのかもしれない。

      邂逅(かいこう)の喜びを感じているのなら、
      そのことをもっと慈しんでよい。
      勇気を出して、そう語り出さなくてはならないのだろう。

      あなたに出会えてよかったと伝えてみることから始めてみる。
      相手は目の前にいなくてもよい。
      ただ、心のなかでそう語りかけるだけで、
      何かが変わり始めるのを感じるだろう。

                       若松英輔著 『悲しみの秘義』より

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      評論家、若松英輔氏のエッセイ集です。



      氏は別の著書『魂にふれる』においても、こう書かれています。


      もっとも苛烈な試練に遭遇したとき、そのとき、そばにいて欲しいと
      願う人はいない。
      なぜなら、その人を喪うことが、その試練にほかならないからである、
      そう思っていた。
      だが、現実は違う。
      死者は、悲しむ生者に寄り添っている。
      死者はいつも私たちの魂を見ている。
      私たちがそれを見失うときも、死者たちは、魂にまなざしを注ぎつづける。
      ときに死者は、私たち自身よりも私たちに近い。

      死者は、ずっとあなたを思っている。
      あなたが良き人間だからではなく、
      ただ、あなたを思っている。
      私たちが彼らを忘れていたとしても、
      彼らは私たちを忘れない。死者は随伴者である。
      彼らは、私たちと共に苦しみ、嘆き、悲しみ、喜ぶ。
      生者を守護することは、死者の神聖なるつとめである。
      死者は感謝を求めない。
      ただ生き抜くことを望むだけだ。
      死者は、生者が死者のために生きるのを望むのではなく、
      死者の力を用いてくれることを願っている。

      死者を探してはならない。
      私たちが探すのは、自分が見たい方角に過ぎない。
      おそらく、そこに死者はいない。
      ただ、語ることを止め、静かに佇んでみる。
      すると、あなたを思う不可視な「隣人」の存在に気がつくだろう。

      死者を感じたいと願うなら、独りになることを避けてはならない。
      それは、私たちに訪れた沈黙という恩寵である。
      死者はいたずらに孤独を癒すことはしない。
      孤独を通じてのみ知り得る人生の実相があることを、彼らは知っている。
      死者はむしろ、その耐えがたい孤独を共に耐え抜こうとする。

      誰も自分の悲しみを理解しない、そう思ったとき、
      あなたの傍らにいて、共に悲しみ、涙するのは死者である。
      私たちは信頼し得る生者を信用するように、死者の働きを信じてよい。
      死者にとって、生者の信頼は無上の供物となり、死者からの信頼は、
      生者には慰めと感じられる。

                   若松英輔著「魂にふれる」 より



      そして、前述「魂にふれる」はこちらの文章で締められています。


      妻を喪い、悲しみは今も癒えない。
      しかし、悲しいのは逝った方ではないだろうか。
      死者は、いつも生者の傍らにあって、自分のことで涙する姿を
      見なくてはいけない。
      死者もまた、悲しみのうちに生者を感じている。
      悲愛とは、こうした二者の間に生まれる協同の営みである。



      今日は、ちょいと思い立って若松さんのコトバをシェアさせて
      いただきました。
      最後に、若松氏が奥様を亡くされた数日後に
      書かれた詩のような言葉の一部をご紹介してお別れします。


      最大の艱難である、そのときに、
      そばにいてほしいと願うひとは、いない。


      その人を喪うことが、
      一番つらい出来事だから、
      そう思っていた。

      しかし、君がぼくを、独りにしたと思ったあのときも、
      震えるぼくの傍らに、いてくれたのは、君だった。
      ありがとう。
      今は、それがはっきりとわかる。


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