老犬とすれ違う人々 より
      2016 / 06 / 24 ( Fri )

      本当にそのとおりだと思います・・・・。

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      (中略)

      ただ、老いて足取りがおぼつかない犬に向かって「かわいそう」という人には、
      私は必ず言うことがある。
      犬も人間も、生きていれば老いて行くのは当たり前だ、と。
      元気でエネルギッシュな犬だけが外を歩いてよいのではない、
      老いた犬だって老いた犬なりの楽しみを抱えながら歩いているのである。
      それを悲観的な目で見て勝手に同情されてはお門違いである。

      偏見を承知で言うならば、老いた犬を悲観的に見るもの自身もまた、
      老いた自分自身を悲観的に捉え、できれば若い頃に戻りたいと
      願っているのではないかと感じることもある。
      でもそんなことは犬は思わない。
      犬は常に今の自分を受け入れ、前を向いて生きている。

      痛みを抱えているのならばそれはたしかにかわいそうだと思う。
      痛みこそ人が手をかけ対処してやるべき症状だが、
      しかし老いはそうじゃない。
      人は昔から不老不死に憧れてきたけれど、残念ながら生きている限り、
      どうあってもこの自然の流れに逆らうことはできない。
      若い頃のエネルギーはなくても、それでも緩やかに過ごしている
      その姿もまた犬という生き物のライフステージのひとつである。

      犬を飼い始める時には多くの人が想像しがたいであろう犬の老後の姿が今、
      自分の目の前にあり、周囲の人たちにいろいろと考える機会を
      与えてくれている。
      散歩で出会う人たちそれぞれがまさに「生きる」とはなにかを感じ取っている。
      人は日常の中で犬から「生きる」ことを感じ、
      犬は生きることの愛おしさを人に気づかせてくれる。

                     京子アルシャー
                     dog actually 「老犬とすれ違う人々」より

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